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  • その夜、母は一晩中お風呂に ― 見守っていたはずが見落としたこと ―
    その夜、母は一晩中お風呂に― 見守っていたはずが見落としたこと ―介護の生活は、思いがけない出来事の連続です。中でもこの出来事は、今でも忘れられない“あの夜”の後悔として、私の中に深く刻まれています。お風呂は自分で入れていた母に、少しずつ手を添えるようになっていた頃私たちは両親と私の三人暮らしでした。母は要介護3、認知症も徐々に進行していましたが、普段はお風呂にも一人で入っていました。ただ最近は、入浴後に体が濡れたまま出てきたり、髪が乾いていなかったりするようになっていて、私はそのたびに様子を見に行き、パジャマを着せたり、体を拭いてあげたりしていました。「今日もちゃんと入れたね」そう声をかけながら、母の“できること”を見守る毎日でした。父に任せた、たった一晩の「油断」その夜、いつもは9時に寝てしまう父が珍しく起きていました。「まだ起きてるの?」と聞くと、父は「お母ちゃんが出てくるのを待ってる」と言いました。私はその言葉に安心して、「じゃあお願いね」と声をかけて自室に戻りました。父が見ていてくれる。そう思って、私もそのまま就寝してしまったのです。今思えば、この“確認しなかった一瞬”が、後に大きな後悔となって私に返ってくることになります。翌朝、衝撃の光景と母の震える体翌朝6時前。父が慌てた様子で私の部屋に飛び込んできました。「お母ちゃんが大変や!」何事かと急いで見に行くと、母は裸のまま、お風呂場で立ち尽くしていました。顔は真っ青に変色し、体はブルブルと震え、言葉も出ていませんでした。時期は4月初め。まだ肌寒さが残る季節でした。私はすぐに母を毛布でくるみ、救急医療情報センターに連絡。「意識があれば、しばらく様子を見てください。熱が出ればすぐ119番を」と言われ、そのまま見守りました。幸い、時間が経つにつれ母の顔色は戻り、体温も安定してきたため、大事には至りませんでした。“いつも通り”は、ある日突然崩れる「いつもはできていた」「今日は大丈夫だと思った」この言葉が、いかに危ういものかを思い知った出来事でした。私は父を責めました。「なんでちゃんと見てくれなかったの?」と。でも父は、「いつも通り、自分で出てくると思っていた」と。そうです。“いつもの母”を前提にした私たちの思い込みが、母を危険な目に合わせてしまったのです。そしてこのとき、母をソファに運ぶ際に無理な姿勢をとった私は、後に圧迫骨折とわかる怪我を負い、3か月の回復を要しました。この体験から、伝えたいこと赤ちゃんなら「昨日できなかったことが今日できる」ようになります。でも高齢者はその逆。「昨日までできたことが、今日突然できなくなる」ことがあるのです。そして、介護において大切なのは「誰かが見てくれるだろう」と思わないこと。見守りの“責任者”をあいまいにしないことです。あの夜、私が確認していれば、防げたかもしれない。母も、私自身も、あんなつらい思いをしなくて済んだかもしれない。今でもその思いが、心に残っています。最後にこの体験はつらいものでしたが、私にとって大切な学びでもありました。もしあなたが、これから介護に関わる立場になるとしたら。どうか、“当たり前”を疑ってみてください。そして、「できることができなくなる瞬間がある」ことを、どうか忘れないでください。Facebookを見にいくLINE登録はこちら🧠 食べ物チェックで未来の脳を守りましょう!あなたはどのタイプですか?当てはまる番号を公式LINEに送ってみてください。食べ物チェックで未来の脳を守る👉今すぐ公式LINEへ```
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